ダイビングの歴史

2019/11/13

「ダイビングの歴史」の画像検索結果

世界のダイビングの歴史

人類が本来の活動領域ではない水の中に潜り始めたのは、何時の頃からなのかそれを明らかにすることは極めて困難なことかも知れませんが、野生動物の生態から推測して、少なくとも人類が誕生し水辺に住み着くとともに、水との接触が開始されたと考えるのが自然ではないでしょうか。始めは単なる好奇心から、それが水浴となり、やがて食料として水中の動植物採取に気づいた人間の行動は、より深い海を対象とした水中活動に向けられていったと考えられます。

それは海女として現代にその形態を伝える「素潜り」と呼ばれるもので、古くは古代メソポタミアの遺跡から青真珠貝母の象眼が見つかっていることなどから、既に紀元前4500年の頃には素潜りが行われていたものと思われます。

人間は長い歴史の中で、それぞれの時代を反映した思想や科学技術のもとに、厳しい水中環境に挑戦し続け、現代の潜水技術や器具を開発してきたのです。

1823 年  世界初の送気式潜水服


イギリスのチャールズ・ディーンとジョン·ディーンが「防煙用ヘルメット(スモークヘルメット)」開発、発明した。

日本のダイビングの歴史

人間が息をこらえて潜水する「素潜り」は、日本も古代から行われており、その技術は「海女」に受け継がれ現在に至っています。歴史的には西暦285年に書かれた「魏志倭人伝」に海女によるサンゴや魚介類の採取が紹介されています。
その後、近代まで素潜りの時代が続き、安政4年(1857年)初めてヘルメット潜水器が導入され、明治5年(1872年)には早くも海軍工作局において製造が開始されました。また民間においても明治5年には、増田万吉氏がオランダから10台のイギリス製のヘルメット潜水器を輸入して以来、製造にも着手され、本格的な潜水の時代がスタートすることとなったのです。特にゴム製潜水服の製造は日本のゴム工業の始まりと言われ、注目されたようです。
このようにして日本に導入された本格的な潜水技術は、明治10年(1877年)頃にはアワビの潜水漁業や各地の港湾建設を始め、サルベージ作業などに活躍しました。明治中期にはアラフラ海における白蝶貝の採取が盛んとなり、多くの潜水作業船団を現地に派遣しています。その後、大正2年(1913年)日本が独自に考案したマスク潜水器が実用され、マスク潜水器を母体にして開発された大串式潜水器を大正13年(1924年)片岡弓八が使用し地中海70m海底に沈んでいた「八坂丸」から金塊の引揚げに成功し、その名を高めることになりました。
本来マスク潜水器は、重装備のヘルメット潜水器を軽量化して、手軽に潜水する目的から派生した潜水器で、現在、日本では幅広く使用されている潜水器となっています。

  • 3世紀(約300年)「魏志倭人伝」
  • 人間が息をこらえて潜水する「素潜り」は、日本でも古代から行われており、その技術は「海女」に受け継がれ現在に至っています。歴史的には西暦285年に書かれた「魏志倭人伝」に海女によるサンゴや魚介類の採取が紹介されています。
  • 1866年  日本での最初のヘルメット潜水
  •  増田万吉がイギリスの軍艦『ハラシイ号』の船底修理に従事したのが日本での最初のヘルメット潜水である。

1884年  潜水眼鏡(ミーカガン)

沖縄糸満で潜水眼鏡(ミーカガン)が玉城保太郎よって開発された。

1918年  大串式ピアレスレスピレーターを開発

大串岩雄が大串式ピアレスレスピレーターを開発。ボンベを背負えばスクーバー潜水としても使用できた、ダイバーは、自分の鼻から吸気し、口を噛むことにより空気のオンとオフの切り替える。これを使用し地中海の80m下に沈没した『八坂丸』から片岡弓八らが金貨を引上げたことは有名。

1934年 ダイヤフラム式潜水器を考案

  • 浅利熊記が考案したダイヤフラム式潜水器を考案、試作。現在のデマンド・レギュレーターと同じ方式の潜水器。
  • 1943年  デマンド型レギュレーターの開発いくつかの技術的な問題を修正した後、フランス人ジャック・イブ・クストー(Jaques Yves Cousteau)とギャナン(Gagnan)がデマンド型レギュレーター(応需型ガス供給調整器)を開発、特許申請。(スクーバー(Scuba:self –contained underwater breathing apparatus)

1952年 ウェット・スーツの発明

カリフォルニア大学バークレー校のヒュー ブラッドナーが最初の発明者であると考えられている。

PAGE TOPページトップへ
Copyright(C) 2018. 株式会社 沖縄の海 All right reserved.